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福島地方裁判所いわき支部 平成6年(ワ)116号 判決

原告

箱﨑チヨ子

箱﨑寿正

箱﨑裕子

箱﨑智子

右原告法定代理人親権者母

箱﨑チヨ子

原告

箱﨑庄平

箱﨑愛子

原告ら訴訟代理人弁護士

小野寺利孝

鈴木利廣

安東宏三

原告ら訴訟復代理人弁護士

寺町東子

被告

労働福祉事業団

右代表者理事長

谷口隆志

右訴訟代理人弁護士

平沼高明

堀井敬一

加藤愼

堀内敦

主文

一  被告は、原告箱﨑チヨ子に対し、四七〇二万円及びこれに対する平成五年一月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告箱﨑寿正、同箱﨑裕子及び同箱﨑智子それぞれに対し、いずれも一五一二万円及びこれに対する平成五年一月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  被告は、原告箱﨑庄平及び同箱﨑愛子それぞれに対し、いずれも一一〇万円及びこれに対する平成五年一月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

四  原告箱﨑チヨ子、同箱﨑寿正、同箱﨑裕子及び同箱﨑智子のその余の請求をいずれも棄却する。

五  訴訟費用は、これを五〇分し、その四九を被告の負担とし、その余を原告らの負担とする。

六  この判決は、原告ら勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、原告箱﨑チヨ子(以下「原告チヨ子」という。)に対し、四八一二万円及びこれに対する平成五年一月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告箱﨑寿正(以下「原告寿正」という。)、同箱﨑裕子(以下「原告裕子」という。)及び同箱﨑智子(以下「原告智子」という。)それぞれに対し、いずれも一五四八万円及びこれに対する平成五年一月二一日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

三  主文第三項と同旨

第二  事案の概要

本件は、亡箱﨑正助(以下「正助」という。)が、被告の開設する福島労災病院において手術を受けた翌日未明の平成五年一月二〇日死亡したことにつき、正助の遺族である原告らが、被告に対し、診療契約の債務不履行ないし不法行為を理由として、損害賠償を請求している事案である。

一  争いのない事実

1  被告は、四七〇床の病床を有して呼吸器内科、耳鼻科、麻酔科、その他の診療科目を設けている福島労災病院(以下「被告病院」という。)を経営して医業を営み、医師佐々木満(以下「満医師」という。)、同佐々木豊(以下「豊医師」という。)、同古川正幸(以下「古川医師」という。)及び同佐藤裕(以下「佐藤医師」という。)を雇用して医業に従事させていた。

2  正助は、死亡の数年前から、高血圧症の診断の下に、降圧剤治療を受けており、また、死亡の二、三年前から、いびきが強くなり、昼間眠気があったところ、平成三年一一月二日の地元夕刊紙で、被告病院呼吸器内科の満医師が執筆した「いびきと睡眠時無呼吸症候群」という記事を読み、被告病院のいびき外来を受診することにした。

3  正助は、平成四年二月三日から、被告病院呼吸器内科のいびき外来で、満医師の診察を受け、同月一九日から二〇日にかけての睡眠時無呼吸モニター検査の結果、睡眠時無呼吸症候群(以下「SAS」という。)と診断され、精密検査の目的で、同年三月一七日から二四日まで、被告病院呼吸器内科に入院した。

4  右入院当日夜からのモニター検査結果でも、正助のSASが全く改善されていないことが判明し、満医師は、同月一九日夜から連夜、SASの治療目的で、正助に対し、睡眠時に経鼻的持続陽圧呼吸法(以下「nCPAP」という。)を行う呼吸器レムスターを装着した。

5  nCPAPの効果はその直後から現れ、モニター検査結果では、入院した同月一七日から一八日にかけての睡眠時に比べ、同月二一日から二二日にかけて、同月二三日から二四日にかけてと、無呼吸症状は顕著に改善した。たとえば、一時間当たりの呼吸回数を示す無呼吸指数は58.8から1.8へと、最長無呼吸時間も一一九秒から一六秒へと、改善した。また、いびき症状も同月二一日頃から減少していた。なお、同月一八日の心電図検査で、完全右脚ブロックの伝導障害が判明した。

6  正助は、退院前日の同月二三日及び退院当日の同月二四日、被告病院耳鼻咽喉科の豊医師の診察を受け、豊医師から、口蓋垂軟口蓋咽頭形成術(以下「UPPP」という。)の適応ありとの判断の下に、手術療法を勧められた。

7  正助は、満医師の勧めにより、睡眠時に装着するためのレムスターを購入して同月三〇日からnCPAPを実施し、同年四月二七日から二八日にかけてのモニター検査結果で、無呼吸指数0.4、最長無呼吸時間一五秒までになった。

8  正助は、同年五月以降、被告病院の呼吸器内科いびき外来及び耳鼻咽喉科外来を一か月一回程度受診して経過観察を受けた。ただし、いびき外来は一〇月二二日が最後の受診で、耳鼻咽喉科は同年六月から八月までの間受診していない。

9  正助は、後記手術のため入院直前である平成五年一月一一日の心電図所見でも、前年同様完全右脚ブロックが指摘された。

右脚ブロックは、健常者にも見られることがあるが、他方、心房中隔欠損症、虚血性心疾患、高血圧、心筋炎、心筋症、肺塞栓にも見られ、必要に応じて原因の精査と治療を要する臨床的意義ある伝達障害であるとされている。

10  正助は、同月一八日手術の目的で被告病院耳鼻咽喉科に入院し、その際、身長一七三センチメートルで、体重八五キログラムであった。

また、正助は、扁桃や口蓋垂が肥大しており、舌が大きかった。

なお、肥満症の場合、左心室肥大を伴うことがあるとされている。

11  正助は、入院翌日の同月一九日、佐藤医師が麻酔を担当し、被告病院研修医の古川医師が少なくとも口蓋扁桃摘出までの執刀を担当した、両側扁桃切除術及びUPPPの手術を受けた(以下この手術を「本件手術」という。)。

12  本件手術は、同日一四時三八分から一七時一五分までの間行われ、その後、正助は回復室に移されたが、本件手術中、正助の胸部はかなり固かった。

13  回復室における同日一七時五二分の動脈血液ガス分析の結果、正助は、炭酸ガス分圧が73.2mmHg(四五mmHg以上は高炭酸ガス血圧)と高く、高炭酸ガス血症の所見を示していた。

14  正助は、同日一八時二五分、病室(五二四号室)に帰され、その時バイタルチェックを受けて、血圧が一七〇から一〇〇で、体温が37.5度で、脈拍が一一〇であった。

なお、看護婦には、医師から、術後から翌朝まで四時間毎に正助の血圧をチェックするよう指示されていた。

15  正助は、同日二〇時二〇分、バイタルチェックを受け、血圧が一五〇から九〇で、体温が37.7度で、脈拍が九六で、呼吸が一七であった。

16  本件手術後の当夜病室で正助に付き添っていた正助の妻である原告チヨ子が、同月二〇日午前二時過ぎ頃、正助の呼吸が停止しているようであると、ナースセンターに連絡した。

17  その後、正助に対し、次のとおり救命治療が施された。

同日二時一五分頃から、看護婦により、吸引、酸素吸入及び心マッサージが、同日二時二〇分、駆けつけた医師により、気管内挿管及び気管切開術が、同日三時〇二分、強心剤ボスミン心注が、同日三時一八分、挿管チューブを抜去し、アンビューバッグによる酸素吸入、心マッサージの続行及び輸液追加が、それぞれ行われた。

18  同日三時三〇分、正助の死亡が確認され、その直後、正助の遺体は、遺族の承諾の下に被告病院病理医師箱﨑半道による病理解剖にふされ、右解剖は、同日九時三〇分から約一時間三〇分にわたって行われた。その結果、正助は、左心室肥大を指摘されるも、死因は突然死としか判明せず、右解剖に立ち会った豊医師が、右解剖終了直後、急性呼吸不全を死因とする死亡診断書を作成した。

19  SASとUPPPについて

(一) SASは、中枢型、閉塞型、混合型の三種類に分類され、そのうち閉塞型は、胸郭と腹部の換気運動があるにもかかわらず、口と鼻での呼吸気流が停止するもので、その診断にはポリソムノグラフィーが使用される。

(二) 閉塞型のSASの場合でも、UPPPの適応の可否を判断するためには、気道の閉塞部位がどこであるかが確定されねばならない。すなわち、気道の主たる狭窄部位がUPPPの術野である中咽頭以外の場所にも存する場合には、UPPPの適応がない。特に、舌根部を中心とした下咽頭レベルの狭窄についてはUPPPのみでは解決できないとされており、UPPPによる効果が期待できるのは、舌根部に狭窄原因がない場合でなければならない。そして、閉塞部位の診断方法として、上気道内視鏡検査(ファイバースコピー)、上気道内圧測定、上気道CT及びセファロメトリー(顔面・頭蓋骨側面規格撮影)等の種々の方法が報告されている。

20  被告病院は、本件手術当時、ポリソムノグラフィーを保有しておらず、正助に対するポリソムノグラフィーによる診断は行わなかった。

21  説明義務について

被告病院は、本件手術にあたり、正助に対し、手術の治療効果、手術に伴う危険性とそれが現実化した場合の対処法及び他の療法の存在につき、説明すべき注意義務があった。

二  争点

1  死亡原因について

正助の死亡が、窒息によるものなのか、致死性不整脈によるものなのか。

(原告らの主張)

(一) 正助は、肥満体で、本件手術後麻酔侵襲により心肺機能が低下していた。

(二) また、正助は、本件手術の侵襲により気道に浮腫を生じ、仰臥位で睡眠中に舌根沈下を起こし、気道が狭窄・閉塞した。

(三) 正助は、右(一)及び(二)を原因として、あるいはSASによる無呼吸発作を原因として、平成五年一月二〇日午前二時頃、窒息による仮死状態となった。

(四) その後、正助は、被告病院が行った救急蘇生術によって、食道が穿孔され、食道外の縦隔に空気が大量に送り込まれて皮下気腫、気胸を起こしたため、無気肺となり、窒息した。

(五) すなわち、正助には、蘇生術侵襲による次のような生活反応が見られ、それらは正助が蘇生術開始当時に生存していたことを示すものである。

肺には、肺浮腫、肺出血、炎症細胞浸潤等が発生し、気管支には潰れがあり、これに対応して、肺の上皮細胞が脱落している。そして、気管支の潰れは、高度の呼吸困難を伴って死亡した場合に認められる所見である。

頸部筋肉組織に、トラヘルパーの侵襲によると思われる出血、浮腫、炎症細胞浸潤が見られ、下咽頭壁には、チューブで突いたことによると思われる浮腫、炎症細胞浸潤、出血が見られる。

(六) 正助は、右のような経過で呼吸できなくなり、窒息により死亡した。

(原告らの主張に対する被告の反論)

(一) 正助は、もともと日常的に血中炭酸ガス分圧が五〇ないし六〇mmHgと通常より高くてその状態に慣れており、右数値が正助にとっての正常値だったのであるから、本件手術後血中炭酸ガス分圧が73.2mmHgであったからといって、それが心肺機能低下を示すものとはいえない。

(二) 仮に、正助に気道狭窄・閉塞による窒息が生じていたとするならば、喘鳴、呼吸の異常、苦悶感、チアノーゼ、痙攣、嘔吐、瞳孔散大、尿失禁、終末呼吸などの呼吸困難を示す兆候が現れるはずであるのに、正助には右のような兆候はいずれも存在しなかった。

(三) 致死性不整脈により心臓が停止してもその後数分間は心拍及び血液循環は存在するのであり、また、本件では正助に対して強力な心臓マッサージが施行されて血液循環が維持されていたのであるから、原告らが生活反応であると主張している所見は、正助が蘇生術開始当時に生存していたことを示す根拠とはなり得ない。

(被告の主張)

(一) 正助は、心肥大や心筋層の線維化、冠動脈の硬化狭窄が見られるだけでなく、心室中隔上部に限局した心筋層の線維化の所見や、心室中隔を支配する右冠動脈に高度の狭窄及び血管攣縮を起こしやすい強いリンパ球浸潤巣の所見があり、致死性不整脈の機序に関連する形態学的所見がそろっている。

(二) また、正助は、血中の炭酸ガス濃度が高い値であった所見があり、不整脈発生の端緒となるアシドーシスが存在していた。

(三) そして、正助は、前記のとおり窒息の存在を示す所見はなく、また、それ以外の死亡原因も見当たらないのであるから、正助は、同日午前二時一〇分頃致死性不整脈の発生により心臓性突然死した可能性が最も高い。

2  被告の責任原因について

(一) 手術適応の誤り

(原告らの主張)

(1) UPPPは、一九八〇年代になって注目されるようになった新しい術式で、広く実施されるようになってから未だ一〇年余の歴史しかなく、研究途上の治療方法で、医学的適応につき確立された基準があるとはいえない状況にある。

UPPPは、SASに対する有効率がいずれの報告でも五〇パーセント前後ということが言われており、SASの治療法としての有効性につき必ずしも高い評価がされているものではない。

(2) UPPPは、物理的に換気障害を取り除く治療法であるから、それが適応するのはSASのうち閉塞型に限られる。そして、気道の狭窄部位がUPPPの術野である中咽頭以外の場所にも存在する場合は適応がなく、特に、舌根部を中心とした下咽頭レベルの狭窄についてはUPPPのみでは解決できないとされている。

そして、正助は覚醒時にも舌根沈下が存在したことが確認されていた。

しかるに、被告病院は、正助のSASにつき、睡眠時にポリソムノグラフィーを使用して閉塞型であるか否かを確認し、かつ、上気道内視鏡検査、上気道内圧測定、上気道CT、セファロメトリー等の方法で閉塞部位を診断すべきであったのに、閉塞型であるとの確定診断を下すことなく、かつ、閉塞部位の特定も行わないまま、本件手術を行った。

(3) 正助のような肥満者に対する麻酔下手術では、術後心肺機能の低下をきたし、呼吸障害を起こしやすく、特に、SAS患者の場合、術後呼吸抑制、呼吸不全に陥りやすい。

(4) SASの治療としては、UPPPを施行するような危険を冒さなくても、nCPAPの使用や減量という安全な方法が存在している。

(5) 本件手術は、右のような杜撰かつ無謀な適応診断に基づいて実施されたもので、適正な適応診断がなされていれば正助が本件手術を受けなかった可能性が高く、被告病院が手術適応を誤らなければ、正助が死亡することはなかった。

(原告らの主張に対する被告の反論)

(1) UPPPは、SASの治療法として多数の症例報告がある確立された術式であり、激しいいびきをほぼ完全に改善する効果があるとされ、術後の合併症もほとんどない安全なものである。

(2) SASの類型としては圧倒的に閉塞型が多く、中枢型は五パーセント以下とされる。そして、正助の口腔所見は、両側口蓋扁桃の肥大があり、口蓋垂の肥大、軟口蓋・咽頭粘膜のたるみ及び口峡部の狭小化を認めた。このような耳鼻咽喉科的診断と、肥満、強い習慣性のいびき、昼間傾眠、起床時の頭痛を総合して、正助のSASを閉塞型と診断した。

豊医師は、右口腔所見を確認し、さらに咽頭立位側面のレントゲンで口蓋扁桃の肥大を確認して、正助の口蓋扁桃に器質的狭窄を認め、また、咽頭臥位側面レントゲンで舌根部に十分気道確保されていることを確認し、本件手術直前にも、間接咽頭鏡所見で舌根部に閉塞がないことを確認して、UPPPの適応ありと診断した。

(3) 正助の肥満は約二九パーセントで、軽度肥満の上限にあるが、一般的手術はもちろん、SASの手術が危険であるとはされていない。

(4) nCPAPは、対症療法にとどまり、使用を中止すれば症状は元に戻ってしまう。

(5) 被告病院は、右診断内容及び肥満に対する内科的治療の結果を勘案し、正助のいびき改善に対する強い希望を考慮し、慎重に検討して、根治療法であるUPPPの適応を認めて本件手術を施行した。

(二) 説明義務違反

(原告らの主張)

(1) 被告病院は、正助に対し、本件手術に関して次のような説明をすべきであった。

a 現在の症状とその原因、本件手術採用の理由

SASには中枢型、閉塞型、混合型があり、閉塞型及び混合型には、閉塞部位によって、軟口蓋型、舌根型、合併型があるが、UPPPの適応があるのは閉塞型のうちの軟口蓋型のみであり、その識別には検査が必要である。

ただし、正助については、SASであること、いびきの訴えがあること、視診及び覚醒時のレントゲン検査によれば口峡が狭いことから、UPPPの適応ありと診断した。

b 本件手術を行った場合の改善見込み及び程度

SASについてUPPPによる効果が出る人は全体の約五〇パーセントであり、閉塞型の軟口蓋型以外の型であった場合は、nCPAPを外せない。

c 本件手術の危険性

術後合併症として、鼻咽喉狭窄などの重篤な合併症が起こり得る。

肥満者の麻酔下手術では、呼吸抑制が起こりやすく、術中術後に低酸素血症をきたしやすいため、通常の場合に比し、六倍の確率で合併症が生じ、死亡率も通常に比して高い。

d 他の治療手段及びその場合の予後

nCPAP及び減量によりSASを根治する方法もあり、正助は、平成四年三月二四日以降それらの効果が上がっており、nCPAPによる治療で死亡した例はない。

(2) しかるに、被告病院は、次のように、右のような説明をほとんど行わなかった。

a 豊医師は、SASの閉塞型のうち軟口蓋型及びいびきの狭窄型のうち扁桃肥大型のみにしかUPPPの効果がないことについての認識を欠いており、したがって、のど(中咽頭)の部分を拡げて無呼吸といびきをなくす手術をする旨説明したものの、手術適応の判断にあたって睡眠時ポリソムノグラフィー検査が必要であるが、正助については右検査を行わないことは説明していない。

b 豊医師は、UPPPがSAS患者全体の約五割にしか効果がないことを、全ての患者について症状が半分程度改善すると誤解しており、当然右の正しい説明をしていない。

c 豊医師は、全身麻酔の危険性につき、麻酔科の先生がやるから大丈夫です、二週間くらいの入院で良くなると思います、手術後出血なんかがあって危ないこともありますが、まず大丈夫でしょうという程度の説明しかしておらず、大丈夫という点を強調する一方、合併症の重篤性や、肥満者の手術では合併症の発生率・死亡率が上がることの説明をしていない。

豊医師は、UPPPを行った場合に死亡例があるのに対してnCPAPによる治療では死亡例がないことを対比して説明することもしていない。

d 豊医師は、SASやいびきの型によっては、UPPPを行ってもnCPAPを外せないことを説明していない。

(3) 正助が本件手術を受けた動機は、二週間くらいの簡単な手術で、危険がほとんどなく、nCPAPと同様の効果があり、手術すればnCPAPを外せると考えていたことにある。

したがって、被告病院が前記(1)のような説明をしていれば、正助は、本件手術を受けることはなく、死亡することもなかったはずである。

(原告らの主張に対する被告の反論)

(1) 被告病院は、正助及びその妻である原告箱崎チヨ子に対し、次のように、本件手術につき、内容、必要性、有効性、合併症、麻酔の危険性を正確に説明しており、説明義務を履行している。

(2)a 平成四年三月二四日、豊医師が、正助に対し、「鼻のレントゲン写真によれば慢性副鼻腔炎があり、また、扁桃腺とのどちんこ(口蓋垂)が大きく、喉(咽頭)の粘膜にたるみがあり、空気の通り道(気道)が狭くなっており、これらがいびきの原因となっています。気道を拡げるため扁桃腺を取り、口蓋垂を切り、咽頭の余分な粘膜を縫い縮める手術があり、その適応があると思われる。その結果、いびきはかなり良く改善し、SASも四割から六割改善します。nCPAPを行っているようですが、気道を閉塞する要素は取り除いたほうがよいと思います。手術した場合、術後に出血、腫脹、一過性の味覚障害、粘膜癒着、食物逆流等の合併症が起こることが考えられます。これらを総合して手術するかどうか、よく考えてみて下さい。」と説明した。

b 同年一二月一〇日、豊医師が、正助に対し、「麻酔は全身麻酔で行います。全身麻酔は、何万人かに一人は薬が合わなくて死ぬことがあるので、術前検査が必要であり、検査の結果異常があれば、再検査や治療が必要になります。」と説明した。

c 平成五年一月一一日、豊医師が、正助に対し、改めて右aと同様な説明をした。

d 同月一四日、豊医師が、正助と原告チヨ子に対し、検査の結果尿潜血(++)及び右脚ブロックがあるが手術に支障はないことのほか、右a及びbと同様な説明をした。

(三) 術後管理の過失

(原告らの主張)

(1) 肥満体の患者を麻酔侵襲下で手術する場合、術後心肺機能が低下することが予見でき、また、SASに対するUPPPの場合、術後気道部に浮腫を生じたり舌根沈下をきたすことで、気道狭窄ないし気道閉塞に陥る危険性が予見できたのであるから、被告病院は、本件手術に関して、正助が術後窒息状態に陥ることを防止するため、術後管理として、次のような具体的措置をとるべき注意義務があった。

a 肥満者のガス交換能力は、術翌日に最も悪化し、回復に転ずるのは三日目以降で、術前のレベルに戻るのは術後五日目であるとされるのであるから、患者が全身麻酔から覚醒した場合でも、少なくとも手術当日は気管内チューブを抜去せず、必要に応じICUに収容して呼吸管理を行う。

b 呼吸状態の変化を監視するため、術後血液ガス分析を頻回に行い、手術翌日以降でも、血液ガス分析値が術前に近いことを確認してから抜管する。

c 術後は、気道確保のため経鼻的挿管をし、呼吸状態を観察した後に抜管する。

d 術野部分に少しでも浮腫が見られる場合、十分な鎮静の下に人工呼吸を行うか、あるいは積極的に気管切開術を行う。

e 医師自ら頻回に患者の呼吸状態を観察し、あるいは看護婦等をして頻回に観察させて報告を求め、また、換気不全を直ちに感知できるようにパルスオキシメーター等でモニターして、常時患者の呼吸状態を把握するとともに、万一窒息ないしその兆候が発生した場合のために、救急救命態勢を整えておく。

(2) しかるに、被告病院は、次のとおり、右各具体的措置を怠った。

a 被告病院は、本件手術終了直後の平成五年一月一九日一七時一二分に抜管してしまった。

b 同日一七時五二分の血液ガス分析の結果、炭酸ガス分圧が73.2mmHgという異常値を示していたにもかかわらず、被告病院は、その後右分析を一度も行わず、正常値に復したかどうか確認していない。

c 被告病院は、経鼻的挿管による気道確保もしていない。

d 被告病院は、正助に気道浮腫が存在したのに、気管切開を試みることもしなかった。

(3) 被告病院は、右(2)のaないしdの措置をとらなかったばかりでなく、次のように、医師や看護婦による経過観察の措置も杜撰であり、その注意義務を怠った。

a 看護婦には、医師から、四時間毎の血圧チェックが指示されていたのに、同日二〇時二〇分にバイタルチェックして以降それがなされておらず、看護婦は、同日二一時二五分に点滴追加を、二二時に巡回を、同月二〇日二時に点滴追加を、それぞれ行ったのみである。

b 佐藤医師は、正助の高炭酸ガス血症を、体位からくる一過性のものと判断したようであるが、そうであるなら、看護婦等に対して、換気不全を起こす危険性のある仰臥位にしてはいけない旨指示すべきであるのに、そこまでは指示しなかった。

また、看護婦は、深呼吸するようにとの正助に対する呼びかけを励行するよう指示されていたのに、それを行わなかった。

佐藤医師は、塩酸ドキサプラム投与を指示したが、その効果は投与から二時間経過後の同月一九日二〇時過ぎには切れていたはずであるから、その後換気不全が再発する可能性があったのに、術後管理責任を引き継いだ豊医師は、経過観察を怠った。

c 被告病院は、正助が、同日二〇時二〇分頃からいびき呼吸をしていて、浮腫、出血、SASの症状を疑うべき兆候があったにもかかわらず、呼吸障害ないし呼吸不全に注意して経過観察することをせず、結局、正助の頻呼吸や呼吸停止を感知できなかった。

d 被告病院は、正助が、本件手術後約六時間半で約三七五〇ccの排尿をしていて、循環系の異常を疑うべきであったのに、そもそも尿量の把握すらしていなかった。

e 本件手術後麻酔科の佐藤医師から同日二四時に酸素投与中止という指示が出されていたが、それは予測指示であって、そのとおりにしていいかどうかは改めて独自に耳鼻科で検討すべきものであったのに、被告病院は、右検討を怠って、酸素投与を中止した。

(4) 正助は、右のような術後管理における注意義務違反の結果、窒息状態となり、心肺停止に至った。

(原告らの主張に対する被告の反論)

(1) 豊医師は、看護婦に対し、巡回時や点滴交換時に患者の全身状態を十分観察すべきことと、出血などの急変時には直ちに豊医師に連絡すべきことを指示しており、これに応じて、看護婦は、呼吸困難の危険性を十分認識し、全身状態、呼吸の様子、出血の有無の観察にあたっていた。

(2) 同日一九時三〇分頃、佐藤医師は、正助を回診して、異常のないことを確認している。

(四) 蘇生術の失敗

(原告らの主張)

(1) 被告病院は、蘇生術の気管内挿管を行うにあたって、チューブ等で食道壁を損傷させないよう注意し、また、エアーが確実に気管に流入しているかどうか注意すべきであったのに、豊医師と古川医師は、正助の食道に穿孔を生じさせた上、それを見過ごしてそのまま大量のエアーを縦隔に流入し続けた。

(2) その結果、正助は、皮下気腫、気胸を引き起こし、無気肺となって死亡した。

(原告らの主張に対する被告の反論)

正助は、同月二〇日午前二時一〇分頃致死性不整脈に起因して既に心臓が不可逆的に停止していたのであるから、その後の蘇生術で気道確保に成功していたとしても、救命は不可能であった。

3  原告らが主張する損害について

(一)(1) 正助の死亡による逸失利益は、平成三年賃金センサス男子労働者学歴計による年間給与所得六三一万〇八〇〇円を基礎にし、生活費控除率を三〇パーセントと、六七歳までの就労可能年数を二三年として、ライプニッツ式係数により中間利息を控除すると、五九五八万八四六六円となるから、少なくとも五九五〇万円を下らない。

(2) 正助の死亡に対する慰藉料は、正助が一家の支柱として生計を支えていたこと、高齢の父母や未成年の子を含む家族を残して逝かなければならなかったこと、農業にかけた将来計画が断ち切られたこと、緊急性のない待機的手術が原因で死亡したことを総合すると、少なくとも二五〇〇万円を下らない。

(3) 右の損害額合計八四五〇万円の請求権につき、原告チヨ子はその二分の一である四二二五万円を、原告寿正、同裕子及び同智子は各六分の一以下である一四〇八万円を、それぞれ相続した。

(二) 原告チヨ子は、正助の死亡により、喪主として、葬儀費用一〇〇万円並びに初七日、一四日、二一日、四九日及び新盆の供養等の費用五〇万円の合計一五〇万円の出捐を余儀なくされた。

(三) 原告箱﨑庄平(以下「原告庄平」という。)及び同箱﨑愛子(以下「原告愛子」という。)は、正助の父母として、その死亡によりそれぞれ慰藉料としての評価が一〇〇万円を下らない精神的苦痛を受けた。

(四) 以上によれば、原告チヨ子は、四三七五万円及び弁護士費用四三七万円の合計四八一二万円の、原告寿正、同裕子及び同智子は、各自一四〇八万円及び弁護士費用一四〇万円の合計一五四八万円の、原告庄平及び同愛子は、各自一〇〇万円及び弁護士費用一〇万円の合計一一〇万円の、各損害賠償請求権を有している。

第三  争点に対する判断

一  前記争いのない事実、証拠(証人佐々木豊、同佐藤裕、同志賀淳治、原告箱﨑チヨ子、甲六から一二、甲一四、甲一七、甲一九から二一、甲二四、甲二六、甲二七、甲三二、甲三五、甲三六、甲四二、甲四六から四九、甲五二から五七、甲六一、甲六四の二、甲六五、乙二から五、乙九、乙一七、乙一九の一及び二、乙三九)及び弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

1  正助は、昭和二三年五月一四日に原告庄平と同愛子の長男として出生し、昭和四二年三月に高校を卒業した後家業の農業に従事し、昭和四八年一〇月原告チヨ子と婚姻して、原告チヨ子との間に、昭和四九年八月三〇日長男の原告寿正を、昭和五一年六月二二日長女の原告裕子を、昭和五三年二月一八日次女の原告智子を、それぞれもうけ、昭和五六年からは家業の農業を原告庄平から完全に引き継ぎ、自作以外にも手広く稲作を請け負って、大規模な稲作経営を行っていた。

2  nCPAP使用前の正助のSASは重症であり、また、正助は、被告病院呼吸器内科で五回にわたって動脈血液ガス分析を受けたが、それによる炭酸ガス分圧は、最高が53.4mmHgで、最低が50.0mmHgであった。

3  豊医師は、満医師からの紹介で、平成四年三月二三日及び同月二四日、正助を診察し、視診により口蓋扁桃肥大と口蓋垂の肥厚・拡大を認め、レントゲン検査により副鼻腔炎と舌根部の沈下を認めた。その結果、豊医師は、肥大している口蓋扁桃及び口蓋垂を切除することで中咽頭の気道を拡げる手術が適応すると診断した。

ただし、右診断にあたり、豊医師は、正助のSASが閉塞型か否か及び舌根部に狭窄原因がないか否かにつき、ポリソムノグラフィー、ファイバースコピー、CT、セファロメトリー、MRI等を用いた検査を行ってはおらず、特に、閉塞部位や閉塞状態の確認のためには、患者の睡眠時に検査すべきものとされているところ、豊医師は、正助の睡眠時における咽頭部の状態を診察していない。

4  そして、豊医師は、正助に対し、扁桃腺とのどちんこを切除して空気の通りをよくしたほうがよい、これは、入院期間が二週間ほどの手術であり、nCPAPと同じくらい効果がある旨説明して、本件手術を受けることを勧めた。

5  同年一二月一〇日、正助は豊医師に対し、本件手術を受けることを希望し、豊医師から、手術は全身麻酔で行うこと、全身麻酔はある程度危険が伴うが、専門の医師が担当するので心配ないことなどの説明を受けた。

6  平成五年一月一一日、正助は、被告病院で、心電図検査、血液検査、尿検査その他の術前検査を受け、その結果は、完全右脚ブロックがあったほかに問題はなく、正助は、同月一四日、豊医師から、右結果などの説明を受けた。

7  同月一八日午前一〇時三〇分、正助は、本件手術のため、被告病院耳鼻咽喉科に入院した。その際、正助は、脈拍が九〇で、血圧が一三〇から八八であり、また、肥満度(センチメートルによる身長の数値から一〇〇を控除した数値に0.9を乗じて算出した標準体重と実際の体重とを比較したもの)が約29.4パーセントであった。

8  同月一九日、正助は、脈拍が九〇で、血圧が一五〇から九〇であった。

9  同日午前、佐藤医師は、正助のカルテ、心電図、胸部レントゲン写真のチェックを行い、また、正助に対し、全身麻酔によって身体に起きる変化などを時間の流れに沿って説明した。

10  同日、豊医師は、原告チヨ子に対し、本件手術につき、扁桃腺とのどちんこを切ります、全身麻酔でやりますが麻酔科の医師がやるので大丈夫です、入院期間は二週間くらいになります、手術後出血なんかがあって危ないこともありますが、まず大丈夫でしょう、少なくとも半分程度はいびきが改善しますという内容の説明を行った。

11  正助は、同日午後二時三〇分手術室に入り、本件手術が開始された。その執刀までの経過は、次のとおりである。

午後二時三八分、ラボナール三五〇ミリグラム(一二ミリリットル)が静注され、入眠確認後、笑気ガス毎分六リットル、酸素毎分二リットルで、マスク換気が開始された。

午後二時四〇分、マスキュラックス七ミリグラム(七ミリリットル)が静注された。

午後二時四五分、気管内挿管され、笑気ガス毎分三リットル、酸素毎分二リットルで換気されたが、その際、舌根沈下があって、マスクによる気道確保が難しかった。

午後二時四六分、ドロレブタン10.0ミリグラム(4.0ミリリットル)が静注された。

午後二時四七分、ソセゴン三〇ミリグラム(2.0ミリリットル)が静注された。

午後二時五二分、懸垂頭位で開口器が挿入され、体位が固定され、ソセゴン一五ミリグラム(1.0ミリリットル)が追加静注された。

午後二時五五分、ドロレブタン3.75ミリグラム(1.5ミリリットル)が追加静注された。

12  同日午後三時〇九分、まず、古川医師の執刀により、口蓋扁桃の摘出が開始され、口蓋扁桃摘出後は、豊医師の執刀により、UPPPが行われたが、正助は、舌根部が大きく、両側口蓋扁桃の下極がよく見えない状態であった。

午後三時一七分、マスキュラックス一ミリグラム(一ミリリットル)が追加静注された。

午後三時二〇分、イソフラン0.5パーセントの投与が開始された。

午後四時四五分、イソフランの投与が中止され、笑気ガス毎分三リットルが毎分四リットルに変更された。

午後五時〇四分、本件手術が終了し、正助は術後回復室に移された。

13  同日午後五時〇五分、笑気ガスの投与が中止され、酸素投与が継続された。

午後五時一二分、正助は、呼名に反応して開眼し、抜管された。

午後五時一五分、正助は、自発呼吸が規則的で清明であることが確認されて、回復室に移された。

午後五時二三分、正助は、佐藤医師により、呼名に反応して開眼すること、指示に応じて自発呼吸すること、指示に応じて五秒以上握力を保持できることが確認され、豊医師により、口腔内吸引で少量の血液を吸引され、尿意の有無を質問されて、尿意はない旨返答した。

午後五時四五分、アダラート一カプセル(一〇ミリグラム)が鼻内投与され、豊医師は、病棟に戻った。

午後五時五二分、佐藤医師が、正助の動脈血液ガス分析を行ったところ、pHが7.244で、酸素分圧が140.9mmHgで、炭酸ガス分圧が73.2mmHgであった。なお、炭酸ガス分圧が五〇mmHg以上は換気不全状態とされ、その中でもpHが7.30以下の場合は急性換気不全の状態として分類されている。

午後五時五五分、正助は、看護婦からの問いかけに対して、鼻が詰まって息苦しい旨答えた。

午後五時五六分、塩酸ドキサプラムが静注された。

午後六時一〇分、正助は、血圧が一五二から一〇五で、脈拍が一二五であること、呼吸運動が良好であること、呼名に反応すること、指示に応じて五秒以上握力保持できることが確認され、アダラート一Tabが投与されて、マスクによる酸素投与下で帰室が許可され、佐藤医師から、豊医師に、正助の状態につき、気道が狭くなっている旨が申し送られた。また、佐藤医師は、被告病院耳鼻咽喉科に対し、毎分三リットルの酸素投与を同日午後一二時まで継続することや翌朝まで四時間毎に血圧測定をすることを指示した。

正助は、午後六時二〇分頃手術棟を離れ、午後六時二五分、帰室してバイタルチェックを受け、血圧が一七〇から一〇〇で、体温が37.5度で、脈拍が一一〇であり、体熱感はあるが汗は出ていない状態であった。そして、ソルデム三A五〇〇ミリリットルなどのほか、フルマリンとアザクタムが各一グラム投与され、酸素が毎分三リットル流されていた。

14  正助は、同日午後七時頃尿意をもよおしたが尿は出ず、午後七時一〇分頃約八〇〇ccの自排尿をした。なお、尿の処理は後記のものも含め、全て原告チヨ子が行っていた。

午後七時三〇分、豊医師と古川医師が正助を回診し、午後七時四〇分頃、佐藤医師が、正助を回診して、正助にとって楽な姿勢にしていてよい旨説明し、以後正助は横臥位になっていた。

午後八時頃、正助は、約七〇〇ccの自排尿をした。

午後八時二〇分、看護婦が正助のバイタルチェックをし、血圧が一五〇から九〇で、体温が37.7度で、脈拍が九六であり、出血はなかったが、顔面が発汗し、いびきをかいていた。

午後九時二五分、ソルデム三A五〇〇ミリリットルが追加投与された。

午後九時三〇分頃、正助は、約七〇〇ccの自排尿をした。

午後一〇時過ぎ頃、看護婦が正助の病室を巡視し、正助は、いびきをかいていた。

午後一一時頃、正助は、約七〇〇ccの自排尿をした。

午後一二時、看護婦が、正助から酸素マスクをはずし、抗生剤を投与したが、この時点で、酸素マスクをはずすことの当否につき、被告病院耳鼻咽喉科は特に検討を行わなかった。この頃、正助は、いびきをかいていた。

15  同月二〇日午後零時過ぎ頃、正助は、約七〇〇ccの自排尿をした。

午前零時三〇分、看護婦が抗生剤を投与したが、正助は、いびきをかいていた。

午前一時、看護婦が正助の病室に来て、抗生剤投与の針を抜いた。

午前一時三〇分頃、正助は、約一五〇ccの自排尿をしたが、この頃、正助は、従前よりいびきの間隔が短くなっていて、息づかいが荒くなっていた。

16  その頃、原告チヨ子が眠気をもよおしてうとうとしていたところ、同日午前二時過ぎ頃、正助にソルデム三A五〇〇ミリリットルを追加投与しに来た看護婦が、正助について「ああ、静かになったわ。」と言って立ち去り、それで目を覚ました原告チヨ子は、正助が、仰向けになって寝ており、息が止まったまま脱力状態になっているのに気がつき、枕元の電気をつけ、正助の名を呼んだり、その頬をさすったり、肩を揺すったりしたものの、正助の反応はなかった。

17  異常事態であると感じた原告チヨ子は、直ちにナースステーションに行き、看護婦に、正助の呼吸が止まっているようであると知らせた。

18  そこで、二人の看護婦が正助の病室にかけつけ、看護婦は、正助の呼吸が停止していること及び瞳孔が散大していないことを確認した上で、まず、吸引機にカテーテルを装着し、それを正助の口の中にいれてサクション(吸入)を施行し、次にアンビューバッグで酸素吸入を開始した後、心臓マッサージを開始して、豊医師と古川医師に、正助の呼吸が止まっているという連絡をした。

19  同日午後二時二〇分頃まず豊医師が正助の病室に駆けつけ、間もなく古川医師も到着して、豊医師と古川医師は、正助に対し、経口による気管内挿管のほか、トラヘルパーでの気管切開術を二回行って、換気を試み、心臓マッサージを継続した。

20  しかし、右気管内挿管や気管切開術の際、豊医師と古川医師は、気管内チューブやトラヘルパーを確実に気管内に入れられずに、気管内チューブで正助の食道壁を穿孔してしまい、さらに、それに気づかないまま空気を送り続けたため、正助の縦隔に大量の空気が入り込み、その結果、正助の肺は、圧迫されて無気肺となってしまった。

21  そして、佐藤医師が呼び出され、同日午後二時四〇分、佐藤医師が正助の病室に到着したが、正助は、既に、顔面、頚部、前胸部、下腹部にかけて皮下気腫が顕著な状態で、気胸を起こしていた。

午前二時五二分、正助に対し、NGチューブの挿入が試みられた。これは、鼻から挿入することが不可能な状態だったので口からの挿入が試みられたが、喉の奥まで挿入することができずに終わった。

午前三時〇二分、佐藤医師の指示で、ボスミン一Aの心注が試みられた。

午前三時一八分挿管チューブが抜去され、アンビューバッグによる酸素吸入と心臓マッサージが続行された。

午前三時二〇分、ソルラクト五〇〇ミリリットルが投与された。

22  同日午前三時三〇分、豊医師は、正助の心臓が不可逆的に停止したと判断し、正助の死亡を宣告した。

23  被告病院は正助の遺族に遺体の病理解剖を勧めてその了承を受け、同日午前九時三〇分から被告病院箱﨑半道医師により病理解剖がなされた。

24  正助の遺体には次のような所見が見られた。

(一) 全身

顔面、背、上下肢、腹部等に著しい死斑があり、血液は凝固しておらず流動性があって暗赤色であり、全身諸臓器(心臓、肺、肝臓、脾臓、腎臓、副腎等)に高度の鬱血がある。

(二) 本件手術の部位

頚部の筋肉組織、結合組織に著しい出血、浮腫が存在し、部分的には好中球を始めとする炎症細胞浸潤が明らかである。

(三) 咽頭、喉頭

咽頭が非常に腫脹し、浮腫がある。下咽頭壁には、浮腫、炎症細胞浸潤、出血がある。喉頭の声門には浮腫があるが空気の通り道は存在する。出血は喉頭周囲の脂肪組織に及ぶがそこには気腫も存在する。気管粘膜上皮下には強い浮腫があり、小血管腔は拡張して鬱血が存在し、炎症細胞浸潤も存在する。

(四) 食道

食道に大豆大の穿孔があって、粘膜上皮の一部がこすられたように剥離しており、機械的刺激による損傷を受けたと考えられる。粘膜下組織、筋層、筋層外側の結合組織には著しい出血、浮腫、急性炎症細胞浸潤がある。筋肉組織の一部は変性著しく、壊死に陥っている。

(五) 肺

胸腔は空気の流入で拡大し、左右の横隔膜の位置は第Ⅷ肋骨と下降している。そのため、肺は両側とも上方後部へと圧迫され、押し潰されて部分的に無気肺の状態で、特に左側で著しい。組織的には気管支の潰れもかなり目立つ。気管支と細気管支の空気の通り道が非常に強く収縮している。急性の所見として、著しい肺胞内出血、浮腫、鬱血、好中球などの炎症細胞浸潤がある。慢性の所見として、鉄を貪食した肺胞マクロファージがかなり目立ち、肺動脈には粥腫があり、内膜は肥厚して肺動脈硬化の所見を呈している。

(六) 心臓

左心室が高度の肥大、右心室が軽度の肥大、右心房が著しく拡張している。心筋梗塞は存在しない。組織的には、心筋組織の限局性の軽度線維化、間質の軽度浮腫がある。

(七) 腎臓

鬱血と浮腫があり、特に左側における変化は強い。いわゆるショック腎の所見である。

25  豊医師は、同月二〇日、同年二月三日、同年三月三一日及び同年七月一二日に、いずれも直接死因を急性呼吸不全とし発病から死亡までの時間を約七五分とする正助の死亡診断書を作成した。

26(一)  SASの症例のうちUPPPが有効な症例は五〇パーセント前後であるといわれている。

(二)  ある研究では、閉塞型SASのために外科処置を受けた一三五例のうち一八例に合併症が起き、その一八例のうち一四例が気道障害であったと報告されている。

(三)  UPPPは、手術侵襲が大きく、浮腫のため気道閉塞に陥りやすいと指摘する研究報告がある。

27  肥満の患者は、心肺機能が低下しているため手術後の合併症や突然死の発生が多いといわれて、次のような指摘がなされ、特に肥満度が三〇パーセント以上の患者の場合、合併症の危険性が急速に増すといわれている。

(一) まず、血中の酸素分圧は、手術当日よりもその翌日、二日目が低くなり、肺活量も低下し、酸素分圧は手術後四日目まで一方的に下がり続けるという報告もある。

(二) 睡眠時に呼吸停止をきたしやすく、麻酔回復期の呼吸観察に十分注意する必要があるとされている。

(三) 肥満者でなくても手術中は左心・右心ともに一拍仕事量が低下し心拍出量・心係数が低下するが、肥満者は、これらがさらに有意に低下し、麻酔覚醒後も回復が非常に悪いとされる。この心係数低下が回復せず何かのきっかけで不可逆性になったときに突然死が起きるといわれている。

(四) さらに、麻酔覚醒後も、SASと同じ理由で呼吸停止をきたしやすい。

(五) 肥満の患者が全身麻酔から覚醒し一般的な抜管の条件を満たしても、安易に気管内チューブを抜去してはならず、また、SASを合併している患者の場合は、たとえ呼吸状態がよくても手術当日は気管内チューブを抜去せず、可能ならICUに収容して呼吸管理を行うべきであるとされる。

二  死亡原因について

1  前記争いのない事実及び認定事実、甲第六四号証の二、甲第六五号証並びに証人志賀淳治の証言を総合すると、正助は、本件手術の侵襲による咽頭部及び喉頭部の腫脹・浮腫、本件手術による心肺機能低下もしくは正助がもともと有していた舌根沈下の症状ないしSASという要因またはそれらの複合という要因によって、平成五年一月二〇日午前二時過ぎ頃、気道狭窄・閉塞による呼吸障害を起こした上、その後、被告病院が行った救急蘇生術の際、気管内チューブが確実に気管内に入れられずに食道壁が穿孔された後、縦隔に大量の空気が入り込んで、皮下気腫、気胸を起こしたため、無気肺が致命傷となって窒息死したことが認められる。

2  これに対し、被告は、仮に正助に気道狭窄・閉塞による窒息が生じていたとするならば、喘鳴、呼吸の異常、苦悶感、チアノーゼ、痙攣、嘔吐、瞳孔散大、尿失禁、終末呼吸などの呼吸困難を示す兆候が現れるはずであるのに、正助には右のような兆候はいずれも存在しなかったのであるから、窒息による死亡はあり得ない旨主張している。

しかしながら、仮に正助に右のような兆候が存在しなかったのだとしても、そのことを知悉していたはずの豊医師が、前記認定事実のとおり、急性呼吸不全を死亡原因とする死亡診断書を繰り返し作成していることに照らすならば、右兆候の不存在にもかかわらず窒息により死亡することが医学的にあり得ることが推定できるというべきであるから、右主張は失当であり、採用できない。すなわち、右兆候が存在しない場合には窒息死というものが医学的にあり得ないというのであれば、急性呼吸不全なる死亡原因は真っ先に排斥されていたはずだからである。

3  また、被告は、正助の死亡原因は致死性不整脈による心臓性突然死である旨主張し、その裏付けとして、乙第一九号証の一から四、乙第二〇号証及び証人岡崎悦夫の証言(以下、右各証拠を併せて「岡崎意見」という。)を援用している。

しかしながら、次の諸点に照らし、右主張を採用することはできない。

(一) 岡崎意見の結論の要旨は、正助には致死性不整脈の機序に関連する形態学的所見がそろっており、不整脈発生の端緒となるアシドーシスも存在していたのに対し、致死性不整脈の発生以外には死亡原因が見当たらないのであるから、致死性不整脈による心臓性突然死以外に死因は考えられないというものである。

しかし、正助が窒息死した可能性がないことを不可欠の前提とする岡崎意見は、後記のとおり、その前提において既に措信できないのであるから、心臓性突然死なる死亡原因を認めることはできない。

(二) すなわち、前記認定のとおり、正助の遺体には、全身諸臓器に高度の鬱血が見られ、頚部の筋肉組織、結合組織に著しい出血、浮腫が存在し、部分的には好中球を始めとする炎症細胞浸潤が明らかであり、下咽頭の壁に出血、浮腫、炎症細胞浸潤があり、また、食道の粘膜下組織、筋層、筋層外側の結合組織には著しい出血、浮腫、急性炎症細胞浸潤があり、そして、肺に著しい肺胞内出血、浮腫、鬱血、好中球などの炎症細胞浸潤があるところ、これらは被告病院による蘇生術の際に生じたいわゆる生活反応というべきものであって、呼吸停止以前に心停止が先行していた場合には存在しないはずの所見である。

(三) もっとも、被告は、致死性不整脈により心臓が停止してもその後数分間は心拍及び血液循環は存在するのであり、また、本件では正助に対して強力な心臓マッサージが施行されて血液循環が維持されていたのであるから、原告らが生活反応であると主張している所見は、正助が蘇生術開始当時に生存していたことを示す根拠とはなり得ない旨主張し、岡崎意見も右主張に沿う内容である。

しかしながら、前記認定のとおり、被告病院の医師による蘇生術が開始された時期は、どんなに早くとも同日午前二時二〇分以降であって、被告が正助の心臓停止の時期であると主張している同日午前二時一〇分から少なくとも一〇分以上経過後のことなのであるから、生活反応様の所見が生じた原因は心臓停止後数分間における血液循環によるものであるといえないことは明らかである。

また、正助は蘇生術のため強力な心臓マッサージが施行されて血液循環が維持されていたという主張であるが、本件では、右心臓マッサージによって生存している状態と同様な血液循環が維持されていたことを認めるに足りる証拠はなく、右主張も採用できない。

(四) この点につき、岡崎意見は、本件では、まず看護婦による看護婦に許された範囲内での蘇生術がなされ、その後医師による強力な蘇生術がなされているところ、正助の病理組織標本にはそのような蘇生術の変化に対応した複雑な変化が見られるから、生活反応様の所見は心臓マッサージによるものであると結論づけている。

しかしながら、岡崎意見は、当初、乙第一九号証の一において、正助の下咽頭壁における出血、浮腫、好中球等の細胞反応につき、それらは本件手術の麻酔術の際生じたものである旨、すなわち正助の生前に生じたものである旨明らかに説明しており、右説明は生活反応様の所見が死亡後生じたものであるとのその後の見解とは明らかに矛盾するばかりか、むしろ、まさに原告らの主張に沿うものであること、病理組織標本における複雑な変化などという見解は、当公判廷での証言において初めて持ち出されたものであるところ、その証言部分は極めて曖昧で歯切れが悪いばかりか、看護婦による蘇生術がどのような所見を生じさせ、医師による蘇生術がどのような所見を生じさせたのかにつき、全く説明されていないこと、仮に正助の病理組織標本に複雑な変化が見られるのだとしても、それが正助の生存中には生じ得ないことについてまでは全く説明されていないこと、そもそも本件では看護婦による心臓マッサージと医師到着後の心臓マッサージとでは病理組織標本の所見に複雑な変化をもたらすほどの違いがあったことを認めるに足りる証拠もないことを総合すると、岡崎意見は、何が何でも自分の研究分野である心臓性突然死に結論を導こうとする意図が顕著であって、措信できない。

(五) 前記認定のとおり、看護婦は、同日午前二時過ぎ頃、少なくとも正助の呼吸停止及び瞳孔が散大していないことを確認しているところ、看護記録(乙第五号証)には呼吸停止の点だけを記載している。右事実から推測するに、看護婦は、その時点で、正助の脈拍ないし心臓の鼓動が存在していたことをも確認している可能性が高いと考えられる。なぜなら、看護婦が呼吸の有無及び瞳孔散大の有無を確認しながら、脈拍ないし心臓の鼓動の有無を確認しないなどということ、あるいは脈拍ないし心臓の鼓動の消失を確認しながら、それを看護記録に記載しないなどということは、およそ考えられないからである。

(六) そうすると、心停止が呼吸停止に先行していなかったことは明らかであるが、本件では、少なくとも、看護婦が原告チヨ子の知らせによって正助の呼吸停止を確認した時点で正助の脈拍ないし心臓の鼓動が消失していたことを認めるに足りる証拠はないのである。

もっとも、乙第五号証のPROGRESS NOTEには、同日午前二時一五分頃呼吸停止及び心停止が存在したかのような古川医師や豊医師による記載があるけれども、豊医師や古川医師が正助の病室に到着したのは同日午前二時二〇分なのであるから、右記載は看護婦から伝聞によって得た情報として記載されたものにすぎないところ、その情報源であるはずの看護婦が同日午前二時一五分に正助の脈拍の消失ないし心停止を確認したことを認めるに足りる証拠は全くないのであるから、右心停止なる記載はその裏付けを欠く不可解な記載であって、到底措信できないものである。

4  以上のとおりであるから、正助の死亡原因は窒息死であると認められる。

三  被告の責任原因について

1 術後管理の過失

(一)  前記事実関係によれば、被告病院は、肥満体で、舌根沈下の症状が見られ、SASの患者である正助に対し、全身麻酔下でUPPPを行ったのであるから、術後心肺機能が低下することが予見でき、また、術後気道部に浮腫を生じたり舌根沈下をきたすことで、気道狭窄ないし気道閉塞に陥る危険性が予見できたはずである。したがって、本件手術後、麻酔覚醒期は当然のこととして、麻酔覚醒後も、正助が呼吸不全に陥ることを防止すべき注意義務を負っていたことが認められるところ、正助に対する呼吸管理は、次のとおり、不十分なものであった。

(1)  本件手術終了直後の同月一九日五時一二分に抜管してしまい、経鼻的挿管による気道確保をしなかった。

(2)  同日午後五時五二分、動脈血液ガス分析の結果急性換気不全の状態が明らかになったのに、それに対する目立った対応策は、同日午後五時五六分に塩酸ドキサプラム投与を行った程度にとどまり、その後の換気状態につきほとんど具体的注意を払っておらず、バイタルサインのチェックさえも同日午後八時二〇分を最後にその後行っていない。

(3)  そして、同日午後一二時、その可否の検討を行わないまま、酸素マスクをはずしてしまっている。

(4)  さらに、酸素マスクをはずした後も、特に呼吸管理に焦点を当てた注意を払っていない。

(二)  右のとおり、被告病院は、正助に対する術後管理としての呼吸管理義務を怠り、その結果、正助が呼吸停止に陥った上、それに後記の蘇生術の失敗が加わって死亡したものである。

(三)  この点につき、被告は、被告病院は、看護婦が巡回時や点滴交換時に正助の全体状態を十分観察し、同日午後七時三〇分頃佐藤医師も正助を回診して注意を払っていた旨主張している。

しかしながら、被告が主張している全身状態の観察なるものは、単に外見的な異常ないし急変が発生すれば対応策をとるという一般的注意に過ぎず、それ以上に正助の呼吸管理に焦点を当てたものではなく、本件において払うべき注意としては不十分なものである。

(四)  したがって、被告には術後管理上の過失が認められる。

2 蘇生術の失敗

(一)  前記認定のとおり、豊医師と古川医師は、正助に対し、救急蘇生術の際、気管内チューブを確実に気管内に入れられずに食道壁を穿孔した上、それに気づかないまま縦隔に大量の空気を送り込んで、皮下気腫、気胸を起こさせ、その結果、正助を無気肺により窒息死させたものであるから、被告病院が安全確実に蘇生術を行うべき注意義務に違反していることは明らかである。

もっとも、正助の気道部分が狭窄・閉塞していたために気管内チューブが確実に挿管できなかったとも考えられるわけであるが、その場合は、気管切開という方法を行うことも可能だったはずであり、少なくとも確実な挿管を確認しないまま空気を大量に送り込むことは過失に当たるから、いずれにせよ蘇生術における過失も認められる。

(二)  なお、蘇生術が開始された当時既に正助が致死性不整脈による心臓性突然死により死亡していた旨の被告の主張が採用できないことは前記のとおりである。

(三)  したがって、被告には蘇生術実施上の過失も認められる。

3 以上のとおり、正助は、被告による術後管理上の過失及び蘇生術実施上の過失という複合的原因によって死亡したものであるから、被告は、正助の死亡につき、不法行為に基づく責任を免れないと認められる。

四  原告らの損害について

1  正助の損害について

(一) 逸失利益

正助は、死亡当時、四四歳で、弁論の全趣旨によれば、年間六三一万〇八〇〇円の給与所得を得られるだけの労働能力を有しており、その後少なくとも二三年間の就労が可能であったことが認められるから、生活費控除率を三〇パーセントとし、中間利息の控除をライプニッツ式係数により13.4885とすると、その逸失利益は、次のとおり五九五八万六二五八円となり、少なくとも五九五〇万円を認めることができる。

6,310,800×13.4885×(1−0.3)

≒59,586,258

(二) 慰藉料

正助は、一家の支柱としてその生計を支える存在であったことに鑑みると、本件では死亡による正助本人の慰藉料として、少なくとも二三〇〇万円を認めるのが相当である。

(三) 右による損害額合計は八二五〇万円であるところ、原告チヨ子は、正助の妻として、その二分の一である四一二五万円を、原告寿正、同裕子及び同智子は、それぞれ、正助の子として、その六分の一である一三七五万円を、各相続していることが認められる。

2  原告チヨ子の損害について

不法行為による死亡者の葬儀及び法要のための費用として喪主に一五〇万円の損害を認めるべきことは当裁判所に顕著な事実であるところ、本件でも、正助の喪主である原告チヨ子につき、右金額を減額すべき事情は認められないから、一五〇万円の損害を認めることができる。

3  原告庄平及び同愛子は、民法七一一条に基づき、子である正助の生命を失わされたことによる慰藉料請求権を有しているところ、その金額としては、それぞれにつき一〇〇万円が相当であると認められる。

4  弁護士費用

右のとおり、原告チヨ子には合計四二七五万円の、原告寿正、同裕子及び同智子には各一三七五万円の、原告庄平及び同愛子には各一〇〇万円の、それぞれ請求権が認められるところ、さらに、右認容額並びに本件事案の内容及び紛争経過を考慮すると、弁護士費用として、原告チヨ子には四二七万円の、原告寿正、同裕子及び同智子には各一三七万円の、原告庄平及び同愛子には各一〇万円の、それぞれ損害を認めるのが相当である。

第四  結論

以上のとおりであるから、原告チヨ子の請求は四七〇二万円及びこれに対する遅延損害金の、原告寿正、同裕子及び同智子の請求は各一五一二万円及びこれに対する遅延損害金の、それぞれ支払を求める限度で理由があるが、その余はいずれも理由がなく、原告庄平及び同愛子の請求はいずれも理由がある。

(裁判長裁判官小野田禮宏 裁判官鈴木陽一 裁判官梶智紀)

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